私は以前まで、勉強ができない児童は教員の責任が大きいと思っていました。教員にとって、学校生活の大部分は授業であり、勉強を教える、理解させることが一番の仕事です。しかし、どんなに授業の準備をしても、工夫をしても、児童が学校を休んだり、授業に参加しなかったりという状況では意味がないと痛感しました。13歳未満の児童を対象としている小学校では、当たり前のことを当たり前としてくれている家庭の存在が非常に重要なんだと感じるようになりました。
「教育の第一義的責任は家庭にある。」(何かできいた気がする(笑))この言葉の意味が実感を伴って理解できたような気がします。しばしば教員と保護者が対立する構図を見聞きすることがあります。児童が毎日学校に来れるのは保護者の方の日々の努力やお子様に対する想いがそこにはあるからだと感じるとともに、私も教員として責任のある仕事をしていかなければならないと感じました。また、教員と保護者は手を取り合って、子供を育てていくような関係であるべきだなと当たり前のことを2年目になり感じました。
・・・久々に文章を書くといいたいことがうまくまとまらず難しい、、、、